2020年3月31日 更新

【保存版】京都オススメの古い風情漂う街道沿いに建つ『道標』☆京都市登録史跡【厳選5か所】

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は古い風情漂う街道沿いの『道標』を集めました。京都市の登録史跡でもあり、歴史的にも古いものばかり。

江戸へ続く旧東海道沿いの市内最古「三条白川橋道標」

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東山区、三条通り。かつて江戸時代には、江戸と京都を結ぶ大動脈『東海道』だった通り。その途中にある三条通りを横切って流れる白川。そこに架かる古い三条白川橋。橋の南側川沿いには柳並木の風情ある景観が楽しめ、京都らしさを演出するスポットでもあり、多くの観光客がそぞろ歩きする場所。その橋の南東側脇に橋と同じくらい年季の入った石造りの道標。延宝6年(1678年)に建てられ、京都にある道標の中では最古。

名称:三条白川橋道標
住所:京都市東山区大井手町103−1
詳細記事:https://kyotopi.jp/articles/OnVOS

江戸と京都を結ぶ旧東海道の分岐点☆「五条別れ道標」

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山科区、JR駅前を南へ下り、すぐの交差点。さらに南へ下るとかつての三条通に当り、それが旧東海道。昔から京都と東国を結ぶ日本の大動脈だった街道で、江戸幕府を開いた徳川家康は、その支配を盤石なものとする一策として道路整備に着手。その一つが東海道。その旧東海道沿いに江戸時代に建てられた、東からの通行人に五条・伏見方面への近道となる分岐点を知らせる道標。当時の呼び名がそのまま地名に。

名称:五条別れ道標
住所:京都市山科区御陵中内町
詳細記事:https://kyotopi.jp/articles/OeFKW

京都大学スグの街道沿いに建つ「北白川西町道標」

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左京区吉田、京都大学の吉田キャンパスの広がるエリア。その東北側を走る志賀越道。
『京の七口』で知られる、荒神口から滋賀へ抜ける街道。今では途中、京都大学のキャンパスや今出川通りで分断され、古い街道を意識することも少なくなっていますが。その分断された東北側に残る巨大な大日如来石像の脇に嘉永2年(1849年)に建てられた道標。

名称:北白川西町道標
住所:京都市左京区北白川西町83−4
詳細記事:https://kyotopi.jp/articles/41zlZ

鯖街道につながる今出川通沿いにある「大原口道標」

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上京区、今出川通り沿い。ちょうど寺町通り信号のある北東角。豊臣秀吉によって外敵から京都を守るために設けられた土塁『御土居』と街道との7つの出入口。俗に『京の七口』と言われ、その一つ、大原や鯖街道、白川越につづく大原口の街道沿い、慶応4年(1868年)に建てられた道標。他の道標と比較し、かなりの情報量でもあり。

名称:大原口道標
住所:京都市上京区表町
詳細記事:https://kyotopi.jp/articles/2N8RS

京都大学スグの滋賀へ抜ける旧志賀越道の史跡「吉田本町道標」

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左京区吉田の東大路通り沿い。京都大学の吉田キャンパスの広がるエリア。吉田神社の参道でもあり、京都大学の正門のある東一条通りの交差点東北角。宝永6年(1709年)に建てられたもので、市内で3番目に古い道標。『京の七口』で知られる、荒神口から滋賀へ抜ける志賀街道沿い、京都大学で分断された南西側にある道標。

名称:吉田本町道標
住所:京都市左京区吉田本町
詳細記事:https://kyotopi.jp/articles/vPrlQ

最後に

いかがでしたか?通りの片隅に何げなく存在する道標ですが、それも古いものだと江戸時代に建てられたものだったり。都市整備の変遷で、かつての街道の名残りとなって今の街並みに同居する、京都ならではな風景とも言えます。時代をタイムスリップして、かつての街道を歩く感覚で道標を探してみてください!

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