2020年2月27日 更新

【京都ぶらり】三条大橋行き旧東海道と大阪行き伏見街道の分岐点!古い街道の名残あり☆「山科追分」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は山科にある旧街道の分岐点。京都・三条大橋へ向かう旧東海道と果ては伏見へ続く伏見(奈良)街道。その両街道を分かつ場所。

伏見(奈良)街道から旧東海道へ街道ぶらり

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山科区小山、ちょうど滋賀県との県境へ向かう。すぐ先に大津市が隣接する場所。古い家屋も時折見かける、かつての伏見(奈良)街道。
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その街道沿いの一般のお宅。通り沿いからお庭が見えるんですが、かつての風情残す道標的な石標や灯篭も。
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その緩やかな傾斜を上り詰めたところを振り返ると、絵にかいたようなY字路になっています。
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ちょうど2つの街道の分岐点となる『追分(おいわけ)』。かつての街道の分岐点をそう呼び、「牛馬を追い、分ける場所」を意味する場所。

全国にはここ以外にも『追分』がありますが、こちらは『山科(髭茶町)追分』にあたります。
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右へ向かうと、旧東海道。この先三条通りにつながり、終着点の三条大橋へと続きます。
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この旧東海道も古い風情残し、こんなレトロな現役郵便ポストも道々ありました。
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方や、左はここに来るまでに通ってきた伏見(奈良)街道。南西へ進むと、かつて宿場があった伏見へと続き、さらには旧東海道57次経由で大阪へと向かう街道。
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そのちょうど分岐点となる場所に石標がありますが、若干補修されています。なんでも、交通事故で損傷し、金属板で補強されてるそうです(汗)
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道標は高さ1.4mほど。「みぎハ京ミチ、ひだりハふしミミち、柳緑花紅」と刻まれ、昭和29年3月に再建とあり、比較的これ自体は新しいもの。オリジナルは江戸時代中期に建てられ、現在は安土城考古博物館にあるそうです。
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江戸時代、多くの往来でにぎわいを見せた、このあたりの様子が大津絵で描かれ、掲示されています。古い佇まいの細い道ですが、意外と抜け道として活用する車で交通量多く、モータリゼーション化された現代でも、多少その名残りがあります。

ちょうど峠道の途中でもあり、眼下には山科周辺の街並みが見渡せ、旅人にとってはもうすぐ目的地!と自分を鼓舞するポイントだったのかな、と想像してみたり。当時の様子を想像しながら街道を歩くのも、また楽しいですね。

山科(髭茶屋)追分へのツイート

基本情報

名称:追分
住所:滋賀県大津市4
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