2019年7月23日 更新

【京都史跡めぐり】6月オープンの京都市役所分庁舎で発掘!秀吉時代から400年あった☆「妙満寺の遺構」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は寺町通沿い、6月にオープンした京都市役所分庁舎の一角にある遺構。豊臣秀吉の時代から400年この地にあったお寺の遺構。

6月オープンの京都市役所分庁舎の憩いスペースにある遺構

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寺町二条下がる。よく通る道ですが、新しくこんなスペースが出来上がってるとは知らず。

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こちらは施設・設備の老朽化等多くの課題を抱えていた京都市庁舎の立て替え工事で新しく北側に誕生した分庁舎。6月完成をむかえ、各局移転が始まっています。
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水飲みスペースやベンチ、植栽もあり、ちょっとした癒し空間。
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そんな今までなかったスペースで、何やら史跡らしきものを発見。
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不ぞろいな石が並んでいます。何か建物の基礎石のような。
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するとこんなプレートが。ここはかつて妙満寺のあった場所。

妙満寺は顕本法華宗のお寺。 1389年(康応1年)、日什が六条坊門室町(現京都市下京区)に妙満寺を創建。応仁の乱で焼失後は四条堀川に移転。さらなる大火で焼失し再建されるが、天正11年(1583年)、豊臣秀吉の命により、この寺町二条に再移転。

禁門の変の大火や明治以降の寺領の縮小、太平洋戦争時の強制疎開で塔頭が失われるなどし、昭和43年には岩倉に移転。それまで400年もの間、この場所にあったお寺。

この石列は発掘調査で出土したものを移築し復元されたものですが、流転の歴史をたどった妙満寺の様子がうかがえます。市役所自体も古い建造物ではありますが、それよりも前にこんなお寺が存在したことを知るいい機会となりました。

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