2019年10月5日 更新

【京都史跡めぐり】幕末維新の激戦地!時代の行方を左右した日本史の要所☆「伏見奉行所跡」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見桃山にある、幕末維新の激戦地でもあった場所。当時の石垣の一部が今も残る。

石垣も残る幕末維新の激戦地

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伏見桃山エリア。ここからすぐ北には近鉄や京阪の駅もあり、さらに西側を中心に酒蔵が集中するエリアでもあり。

そんな中にある、こちら一帯が団地になってますが。
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その一角にある石碑。「伏見奉行所跡」と書かれています。
この辺りの町名も西奉行町といい、かつてここに奉行所があったことを物語っています。

さかのぼること平安時代、この伏見一帯は、貴族の別荘地でした。豊臣秀吉の時代になり、伏見城築城を境に城下町として発展。商業と交通の一大拠点に。

徳川の時代に移り変わり、徳川幕府は監視のため寛永元年(1624年)に伏見奉行所を設置。
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幕末維新、鳥羽伏見の戦いでは会津藩や新撰組含む旧幕府軍の拠点に。対する薩摩軍を中心とした新政府軍はこの北側に位置する御香宮神社に本営を構えた。新政府軍からの激しい攻撃により、奉行所は炎上。旧幕軍側は大敗した。

そして、寺田屋に投宿する坂本龍馬を捕縛する際には、伏見奉行所が出動したという。
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明治に入り、焼失した奉行所跡は陸軍の土地として活用されたが、第二次世界大戦後には米軍に接収。昭和33年(1958年)に日本に返還。その跡地に桃陵団地が建てられました。
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団地の周辺には、かつての奉行所の様子の残る場所もあり、不思議なフュージョン具合ですが、この石垣もおそらく当時のものかと。

この団地内には、そんな面影が今でも垣間見れます。今では酒蔵の町として有名な伏見。激動の時代を経て今があることを感じました。

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基本情報

名称:伏見奉行所跡
住所:京都市伏見区西奉行町 桃陵団地内

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