2020年1月22日 更新

【京都史跡めぐり】小学校の校内にある天下人・豊臣秀吉造営の伏見城石垣!花壇とうまく同化!!京都あるある☆

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見区桃山にある京都市指定史跡。戦国武将であり天下人・豊臣秀吉造営の伏見城石垣。そして、それが小学校の校内に。

小学校の校内にある京都市指定史跡

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伏見区桃山。小高い丘陵地。かつて戦国武将・豊臣秀吉が造営した伏見城と多くの大名屋敷が集まり一大政治都市として発展した地区。域内の町名にその名残りが見て取れたり。

そして、最近では令和元年、天皇陛下御即位の際、両陛下が参拝された伏見桃山陵(明治天皇陵)も近くにあります。
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そんな丘陵地の上り坂途中にある小学校。授業中のようで、とても静かですが。
ちょうどこの辺りに、かつての城の石垣が残っている、とウワサに聞いてやってきました。周辺を右往左往して、ようやく発見。

学校の中に(汗)
で、史跡めぐりをしている旨を学校に伝え、本来子供たちが学校構内にいる時間帯は関係者以外立ち入り禁止ですが、今回は特別に拝見させていただきました。ですので、見学したい方はあらかじめ、学校へお問い合わせください。

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学校の外側から見えていましたが、こちらがその石垣。
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京都市登録史跡『伏見城石垣』と石標があり、駒札も。昭和59年(1984年)に登録。
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一見、花壇の仕切りかと思ってよくよく見ると、まぎれもなく古そうな石積み。
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駒札の説明書きの通り、昭和52年(1977年)に学校から北に約300メートル離れた桃山町紅雪で工事中偶然発見されたものだそうです。石垣100メートル分のうちの保存状態のいい15メートル分を移築。

元禄5年(1596年)に天下統一を果たした豊臣秀吉が築いた伏見城の石垣と考えられ、後に徳川幕府の命令で廃城、解体されますが、発見されたものは土台部分の地中に埋まっていたものだったようで、残っていたものと推定。
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石は全て花崗岩で、1つの重さ、1~25トン。
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石には石材を割る際に使った道具の痕跡である穴(矢穴)や、石垣を積んだ大名家を表す印が残されていたり。

京都市内には、他にも学校の校内に市の登録史跡があったりする場所もあり、史跡の多い京都ならではな光景とも言えます。

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基本情報

住所:京都市伏見区桃山町伊庭35
所在施設: 京都市立桃山東小学校(075-621-1411)
【注意】見学の場合は学校の許可を取ってください。

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