2021年4月22日 更新

【京都ぶらり】桂川サイクルロードにある豊臣秀吉時代の水上交通要衝「魚市場遺跡」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見区横大路にある史跡。豊臣秀吉の時代、魚問屋が軒を連ね、水運の要衝となった場所。

伏見城築城でにぎわいを見せた水運要衝の史跡

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伏見区、桂川沿いに整備された桂川サイクルロード。日頃の運動不足解消に自転車で走行。ロードバイク乗りなど、チャリダーの間ではよく知られたサイクルロードで、土日になると多くの方がここを走行されます。自転車走行はもとより、ランニングやウォーキングを楽しむ人も多いスポット。
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正式名称は『京都八幡木津自転車道線』といい、木津川市から京都市嵐山まで整備され、通称『桂川サイクルロード』と『木津川サイクルロード』からなる全長45kmの長距離ロード。
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こういう景観が開けた場所で走行するのは気持ちのいいもんです。途中、川べりに季節の草花を見つけたり、川に集う野鳥や魚を眺めたり。

その途中にある羽束師橋手前南側あたり。
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今までにも何度か通ってきたサイクルロードですが、こんな石碑を発見。いつもスピード出してあっという間に通り過ぎるせいで気づかなかったのか。
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中央の石碑上部には戦前表記、右から左読みで『魚市場遺跡』と。
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下段には『魚魂』とあります。供養塔かな?と。
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よく見ると案内板があり、由来が書かれています。

豊臣秀吉の伏見城築城の桃山時代、草津の港(現在の横大路)には多くの鮮魚問屋が軒を連ね、また江戸時代には幕府から公設魚市場の建設を命じられるなど水上交通の拠点として大いに栄え、現在の京都中央卸売市場のルーツと言われている。

当時、淀川の三十石船は常に200~300隻が出入りし、瀬戸内などからの引き船が夜を徹して淀川を上がり、卸されたばかりの鮮魚などを『走り』という問屋仲士が威勢のよい掛け声をかけながら、京都をはじめ近畿各地に運んだとされている。
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明治10年、京都~神戸間に鉄道が開通されるに至り、物資の集積地は京都駅にと移り、隆盛を誇っていた『草津の港』は徐々に衰退。現在の農村地区へと姿を変えた。

大正8年、当時の水産関係者が石碑を建立するも、昭和9年の台風や地震により壊滅し放置。

昭和61年、当時の京都水産物商業協同組合が中心に寄付を集め再建。毎年4月の第一日曜日には水産関係者が供養式典を行っているという。

サイクリングの途中に訪れたいですね。

詳細情報

名称:魚市場遺跡
場所:京都市伏見区横大路草津町41−1
関連サイト:https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/hu003.html
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