2019年9月30日 更新

【京都史跡めぐり】天下人・豊臣秀吉造営の幻の城跡!マンション一角にある遺構☆「指月城(しづきじょう)」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見区、観月橋スグの場所にある史跡。戦国武将・豊臣秀吉が造営した幻の城跡。

2009年に本格的に出土した幻の城『指月城跡』

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伏見区、観月橋にもほど近い、宇治川の北側エリア。
周辺には団地が立ち並び、閑静な住宅街。少し丘陵地帯になっていて、緩やかな坂を上っていきます。
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その一角にあるこちらのマンション。比較的最近建設されたのか、わりと新しい雰囲気のマンションですが。
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最近のマンションにしては、ちょっと原始的な石垣。石組みがわりとゆるいというか(笑)
最近のものなら、もっと緻密に組み合わされてたり、隙間なくコンクリートで埋まってたりしますが。
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その横にパネルがあります。

じつはこちら、天下人となった戦国武将・豊臣秀吉が築城した伏見城の一つである『指月城』跡。一般的に知られる伏見城は桃山城(徳川期築城)にあたりますが、伏見城はこの周辺に三度建設。その一つがこの『指月城』。

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1592年(文禄元年)秀吉が月の名所として知られるこの場所に、隠居後の住まいとして城を建設開始。それがこの指月伏見城。さらに秀頼誕生を契機に本格的な城郭として整備が進められました。

しかし、その4年後、慶長伏見地震で城が倒壊。その後、その近隣に木幡山伏見城を再建。さらにその木幡山伏見城は、伏見城の戦いで焼失した跡に徳川家康によって再建。

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その指月伏見城の確実な遺構が見つかったのが、比較的最近で2009年のこと。それがこの石垣なんだそうです。

かつて、城の東側には舟入場もあり、宇治川を経て淀川へと抜け、大阪へと続く水運も備えられていました。未だ発掘調査過程で、数々の新事実もわかり、歴史ファンには注目スポットでもあり。

天下人・豊臣秀吉の目線で周辺を散策してみるにも、興味深いスポットです。

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基本情報

名称:指月城跡
住所:京都市伏見区桃山町泰長老126−27

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