2019年11月17日 更新

【京都お寺めぐり】平安神宮スグの穴場!日蓮宗寺院様式の建築意匠にも注目☆「満願寺」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は左京区岡崎、平安神宮から東へ。静かな住宅街の中にある穴場的お寺。日蓮宗らしい建築意匠など見どころも満載。

静かな住宅街にある穴場的日蓮宗寺院

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左京区岡崎エリア。平安神宮前の冷泉通を東へ。静かな住宅街の一角。
白塀から、古い趣きあるお寺の瓦屋根が印象的でいつも気になっていました。今回初訪問。
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山門には古びた立派な扁額があり、『示現山』と右から左に書かれ、こちらの山号にあたります。

天慶3年(940年)、菅原道真の乳母・多治比文子(たじひのあやこ)が、道真の遺言により、北野朝日寺(現、東向観音寺)の僧最鎮を開祖とし、西ノ京に道真を追悼する一堂を建立。そして道真自作の天満大自在天像を安置。当時は真言宗寺院で、「菅原道真公の霊の示現」から「示現山」と名付けられました。

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境内入ってすぐの北側。石造りの鳥居があり、こちらがその天満宮にあたりますが。
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青銅の趣きある屋根の御社だったんでしょうかね。残念なことに倒壊しています。
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水は出ていませんでしたが手水舎があり、こんな手汲みの滑車が付いていて、その古さを物語っています。

この奥にも閉じられていましたが、「閼伽井(あかい)」と書かれた古井戸がありました。

それ以前この界隈には平安時代創建の大寺院・法勝寺があり、康永元年(1342年)の火災後、荒廃地。そこへ元禄10年(1697年)、日蓮宗に改宗し、現在地に移転。境内の建物は当時のもので、わずかに法勝寺時代の痕跡を残す井戸や石碑も混在。

この井戸もその一つ。かつて後白河法皇の側近で法勝寺執行であった俊寛僧都(しゅんかんそうず)が荒行用に使用されていた井戸。
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庫裡前には「俊寛僧都故居之碑」と書かれた大きな石碑。俊寛僧都の住居跡であったことを示します。

安元3年(1177年)、藤原成親(ふじわらのなりつね)・西光らの平氏打倒の陰謀に加わり、流罪となって生涯を終えた人物。
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本堂。日蓮宗らしい伽藍建築様式。瓦屋根の意匠や外観に、少しエキゾチックなテイストも感じます。
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本堂には本尊・釈迦如来像を安置。この日は本堂を公開していない様子で、見ることは叶わなかったのですが。
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山門の扁額もそうですが、この本堂1階、2階にそれぞれ掲げられた扁額が、この建物の風格を際立たせていました。

菅原道真、法勝寺の遺構、そして江戸時代の建造物など、それぞれ別の時代のものが数々の歴史を経て境内にミックス状態。これも京都あるあるではありますが、そんな見どころ満載の静かなお寺です。

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詳細情報

名称:満願寺
住所:京都市左京区岡崎法勝寺町130
電話番号:075-771-4874

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