2020年8月17日 更新

【京都神社めぐり】干拓で姿を消した幻の巨大池『巨椋池』畔に立地!子守の神様も☆「巨椋神社」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は京都府宇治市にある、かつてあった幻の巨大池『巨椋池』畔の神社。

幻の巨大池『巨椋池』畔に建つ神社

 (189060)

京都府宇治市小倉エリアにある神社。
かつて、京都市伏見区・宇治市・久御山町にまたがる界隈には琵琶湖を水源とする『巨椋池(おぐらいけ)』が存在し、その規模は池というより湖と言うにふさわしいほどの大きさを誇っていました。
 (189061)

桃山時代 には、伏見に城下を構えた豊臣秀吉が巨椋池(宇治川)に堤防を築く河川改修の大工事に着手。

さらに昭和に入り、大規模な干拓工事が行われ、巨椋池はその姿を消し、周辺の地名からその名残りを感じるにとどまっています。

そんな巨椋池に最近興味を持ち、名称から察するにこの神社も関連があるのか?と前から気になっていて、今回初訪。
 (189062)

手水舎。

創建、変遷の詳細は不明ですが、古代(奈良~平安時代)、このあたりを治めていた氏族・巨椋氏、巨椋連(おぐらのむらじ)の祖神を祀ったと言われ、さらには平安時代初期に嵯峨天皇の勅命により創祀されたとも言われていたり。

一説には『巨椋池』の名前も、巨椋氏が池の畔に住んでいたことから由来すると考えられ、このあたりの現在の地名『小倉』も『巨椋』が転化したと考えられていたり。諸説ありますが。
 (189063)

そういえば、藤森神社や御香宮の拝殿と似た形式だな、と。こういった建築様式を『割拝殿』と呼ぶそうです。手前に狛犬。
 (189064)

建物の真ん中に石造りの廊下、拝所、さらに奥の朱色の本殿。ここで合掌。

元々は巨椋氏の祖神を祀る神社でしたが、江戸時代に春日神社と称されたため、御祭神も春日四神。武甕槌神(たけみかづちのみこと)、経津主神(ふつぬしのかみ)、天児屋根神(あめのこやねのかみ)、姫大神(ひめのおおかみ)を祀る。

また、参道には第55代・文徳天皇皇子の惟喬(これたか)親王が、子どもの愛護のために建立した子守神社が鎮座。御祭神は天磐樟船神(あまのいわくすぶねのかみ)を祀る。画像撮れてませんが(汗)
 (189065)

社殿の周りには、夏の青空に突き抜けるような樹齢7、800年はあるというエノキ、ムクノキの巨木。といっても、途中切り落とされ、独特の雰囲気をかもしています。若干、南国の木、例えばバオバブにも似たような(笑)
 (189067)

 (189068)

本殿周囲を歩くと、さらに外側が建物で覆われていて、これを『覆殿』と呼ぶそうです。本殿の劣化を防ぐ目的もあるんですかね。

京都にはさまざまな神社がありますが、その建築様式の違いにも注目したいですね。

詳細情報

名称:巨椋神社
場所:京都府宇治市小倉町寺内31
電話番号:0774-21-2709
12 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

三杯目 J Soup Brothers 三杯目 J Soup Brothers

オススメの記事