2021年4月29日 更新

【京都ぶらり】京都競馬場スグ☆京阪電車高架下にある水運石標「淀川渡場径の碑」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見区淀、京阪電車高架下にある昭和初期に建立された石標。かつて参拝客を船で渡した時代の史跡。

昭和3年建立の淀と東一口を結んだ渡船道標

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伏見区淀。すぐ近くには京都競馬場があり、そこから京阪電車高架下を少し南下した駐輪場のある場所。
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駐輪場の先には、かつての旧淀駅前商店街。そういえば、私のかすかな記憶の中の淀駅はもっとごちゃごちゃしていて、電車もこんな高架上ではなく地上を走っていたな、と。

現在の淀駅は平成18年ごろに移転し、それに伴い高架も備えられ、さらに旧淀駅だった場所には駐輪所が設置。ちょうどここが旧淀駅のあった場所。
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そんな、まだまだ真新しい雰囲気も残る京阪高架下の駐輪所脇に、異彩を放つかなり古そうな石標らしきものが。
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南東側の面には『十一面観世音尊像 安養寺 』と大きく彫られ、その両側には小さい文字で『弥陀次郎開基 一口村 是南十五丁』とあります。

これは久御山町一口にある安養寺への参拝客に向けた案内。
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北東側の面には『東南 淀川渡場径 』と大きく彫られ、その下には小さい文字で『 渡舟場十丁 一口村十四丁 中島十丁 相島十八丁 森十九丁 野村廿三丁坊池廿丁 巨椋湖十五丁』とあります。

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南西側の面には『西南 淀大橋径 』と大きく彫られ、
その下には小さい文字で『 美津五丁 川面六丁 藤和田八丁 島田十五丁  生津十五丁 下津屋廿五丁 田井廿三丁  佐古一里 林一里二丁 市田一里三丁』とあります。

この石標は旧淀駅から現久御山町一口(いもあらい)安養寺へ参詣者を導くための石標で、これを含め周辺に4基あります。かつてこの辺りには巨椋池が存在し、昭和初期の干拓事業により消失し、今では伝説の巨大池として語られるにとどまりますが、明治時代から昭和29年までの間、この淀と一口の交通手段には渡船が活用され、終日10隻の船がここを行き来するほどだったとか。
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この石標は昭和三3年幕末・明治時代の商人だった三宅安兵衛の遺志により建立されたもの。京都市内には他にも三宅安兵衛建立の石標が数多く残っています。

この石標は淀駅移転と高架工事の際撤去されていたそうですが、2014年に原地とほぼ同じ場所に再建。途中破損したんでしょうか。中央部分に継ぎ目がありますが。
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かつて、ここが水運の要衝であったことや安養寺への参拝客でにぎわいをみせていたことなど、今では石標だけがそれを物語っています。時代の移り変わりで交通手段や都市整備が目まぐるしく変遷した様を感じられる、興味深いスポットですね。

基本情報

名称:淀川渡場径の碑
場所:京都市伏見区淀池上町
関連サイト:https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/hu118.html
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