2021年5月5日 更新

【京都の花】応仁の乱 勃発地!季節の花『一初』も見頃☆皇室ゆかり「上御霊神社」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は上京区、地下鉄鞍馬口駅スグの場所にある神社。応仁の乱 勃発地であり、皇室ゆかりの神社。

季節の花『一初』も見頃

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上京区、地下鉄鞍馬口駅から東へ。この日は買い物の途中、そろそろ季節の花『一初(いちはつ)』が見頃を迎えているのでは、と「上御霊神社」へ立ち寄ってみました。

『一初』は早咲きの菖蒲(アヤメ)。菖蒲の中で一番最初に咲くため、そう呼ばれる花で、この上御霊神社の名花にもなっています。
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ちょうど境内の南堀。すでに満開に近い様子で、青紫色の花が咲き誇っています。初夏の花にふさわしく、清楚で涼しげな印象を与えています。戦前まではここに賀茂川から引かれた水路の水が流れ、今以上に涼やかな景色だったんでしょうね。
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さらに、国宝『燕子花図』や琳派の祖として知られる絵師・尾形光琳は江戸時代にこのすぐ近くに屋敷を構えていたことから、この一初が絵のモチーフにされていたであろう、と言われています。
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群生しているのはこの南堀部分になりますが、境内にも部分的に咲いていて、神社で大切に育てられています。
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794年、平安遷都に際し桓武天皇の勅願により王城守護の神として 奈良・平安時代初期に不運のうちに薨じた八柱の神霊が祀られ、その後明治天皇の御願により祭神五社が増祀。

正式名は「御靈神社」ですが、「上御霊神社」の方が地元民はなじみ深いですね。下御霊神社に対応する社名でもあります。

こちらは楼門(西門)。伏見城の四脚門を移築されたものと伝えられています。
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御手水舎。そしてコロナ禍のため手前に消毒剤が設置。

上御霊神社は下御霊神社と同様に、御霊信仰の社。
かつて疫病の流行が頻発した平安時代。医術や科学が未発達の時代でもあり、為す術なく多くの死者を出した時代。その原因を、不遇の死を遂げた貴人の怨霊によるものと考え、御霊を祀り鎮める「御霊会」が度々行われ、疫病除けの霊社として、朝廷から庶民まで幅広く信仰を集めました。
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境内にはまばらに参拝客が。そして、この日は御霊祭の準備で神社の方がしめ縄飾りをされてる最中でした。

5月1日に予定されていた神幸祭は神事のみ関係者で執り行われ、18日に予定されている還幸祭は、緊急事態宣言の様子をうかがいながら執り行うか中止にするか現在検討中とのこと。
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本殿。享保18年(1733)御寄進の内裏賢所御殿の由緒ある遺構を昭和45年に復元したもの。
本殿には非業の死を遂げた八柱の祭神が祀られ、総称して、八所御霊と呼びます。崇道天皇、伊予親王、藤原吉子、藤原広嗣、橘逸勢(たちばなのはやなり)、文屋宮田麻呂(ふんやのみやたまろ)、吉備真備(きびのまきび)、菅原道真が、その八所御霊。

相殿(相殿五座)には三社明神(小倉実起、小倉公連、中納言典待局(小倉実起の娘)、小倉季判)、和光明神(菅原和子・若宮)の五柱。
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拝殿には御神輿が鎮座。
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御霊祭でも登場する牛車。中にうっすらと確認できます。
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さらに境内には石碑が。
室町時代、畠山政長がこの御霊の森で畠山義就と戦ったことから「応仁の乱」勃発の地と言われています。
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そして、この石碑の表示は応仁の乱東軍総大将・細川勝元の後裔である、細川護熙元首相筆。
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社務所では、コロナ禍で何かと苦しむ人へのお守りも。
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今年のポスターから察するに、御霊祭も非常事態宣言が出るまでは執り行われる予定だったんですね。神社の方もこの急変による対応で混乱されていることでしょう。還幸祭は晴れて執り行われることを祈念致します。

詳細情報

名称:上御霊神社(御霊神社)
住所:京都市上京区 上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495番地
電話番号:075-441-2260
関連サイト:http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/02/004/
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