2019年6月27日 更新

【京都史跡めぐり】平安京・大内裏で最も巨大だった南門!千本通沿いにひっそり石碑残す☆「朱雀門跡」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回はJR二条駅前からスグ。平安時代の都・平安京の大内裏(平安宮)の羅城門とつながる南門。その跡地にある石碑。

平安京の中でも巨大な主要門だった朱雀門

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JR二条駅から千本通を北へ。
以前千本通を北から南にめぐる回でも通った場所。かつての平安京・朱雀大路があった場所。南の羅城門と平安宮(大内裏)とを結んだ朱雀大路。
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そして、その平安宮の入り口となった朱雀門がどこなのか、その痕跡を探しにやってきました。
一際鬱蒼とした緑に覆われた場所。
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見ると石碑があり『此附近 平安京大内裏 朱雀門址』とあります。
こちらがそのかつて朱雀門があった場所にあたります。

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ちょっと見づらいですが、このあたりの現在の地図に平安時代の平安宮の地図を重ねたものがこちら。

赤い丸で囲んだ場所が、この朱雀門跡になります。その下を当時の朱雀大路、今の千本通が走り、ここでは描かれていませんが羅城門へとつながります。
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朱雀門(すざくもん)は、古代、奈良の平城京や平安京などの宮城(大内裏)の南面する正門のことを言い、宮城の12の門のうち最も重要な門。そして、一番大きい門だったそうです。

京都は御存じのとおり、南北の大路(坊)と東西の大路(条)で碁盤の目状に都市整備され、左右対称になっていますが、その様な都市のことを『条坊都市』と呼び、中国・朝鮮半島の古い都市でも見られ、儒教思想がその背景にあります。風水もその一つ。

こうしてみると、京都の中心はもともと西にあり、幾多の大火と時代を経て東に移っていったことがわかります。そんなことを感じ、平安時代の都市の様子を想像しながら史跡をめぐるのも面白いですね。

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