2018年12月17日 更新

【京都お墓めぐり】日本文学の最高峰『源氏物語』作者!魔界への案内人のお墓が隣に☆「紫式部墓所」

日本文学史にも名を残し、日本人なら誰でも知っている名著『源氏物語』。その作者である紫式部の墓所が北大路堀川に。そして、なぜか意外な人物のお墓がその隣に。

日本文学の最高峰『源氏物語』の作者・紫式部の墓所

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北大路堀川通りをたまたま歩いていて、偶然見つけて。
こんな場所に、あの日本の古典文学の最高峰『源氏物語』の作者である紫式部のお墓があるとは。おそらく京都人でも知らない人多いんではないでしょうか。

平安時代中期の女性作家・紫式部。
生涯唯一の長編作品『源氏物語』は主人公の光源氏を通して、恋愛、栄光と没落、政治的欲望と権力闘争など平安時代の貴族社会を描いた作品で、国語教科書にも登場する名著。
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通りから一歩奥へ入ると、ちょっと心細くなるような静けさのアプローチ。

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一番奥の敷地には、こんもりと盛り土された上に立つ墓石が2つ。
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一番奥に紫式部のお墓。
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そして、その横には小野篁のお墓が。
小野篁(おののたかむら)は平安時代前期、9世紀前半に活躍した貴族・歌人。小野篁といえば、閻魔大王の補佐役を勤め、六道珍皇寺の冥界に通ったと伝わる井戸を行き来し、あの世とこの世の橋渡しをした人物としても知られる。

そのお墓がなぜ紫式部のお墓の隣にあるのか。
紫式部が執筆した源氏物語は、貴族社会の恋愛を中心に描いた物語。その内容がショッキングだったため多くの人々を惑わした罪として、地獄行になったと言われていました。でも、それでは可愛そうと紫式部の愛好家が地獄行を免れるよう、仲介役になって助けてほしいという願いも込め、小野篁のお墓を隣に移したんだとか。

源氏物語ファンは時代を超え、日本のみならず海外にも大勢いることでも知られています。物語とともに、作者・紫式部ゆかりの場所をたどるのも京都ならではの観光と言えますね。

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