『五条若宮陶器祭』で盛り上がる通称『陶器の神様』
東山区五条坂。ここに清水焼発祥の地にある通称『陶器神社』で知られる『若宮八幡宮社』があります。この日は京都夏の風物詩『五条若宮陶器祭』が開催され、その途中に立ち寄りました。
普段は比較的静かな境内ですが、お祭り期間中には参拝客も集い、参道の出店がお祭りムードを盛り上げていました。
こちらは以前撮影した画像ですが、陶器神社にふさわしく陶器で飾られた陶器神輿もあったり。お神輿のお飾りもいろいろありますが、ちょっと珍しいですね。
天喜元年(1053年)後冷泉天皇の勅願により、源頼義が左女牛(醒ヶ井さめがい)西洞院にあった自邸内に石清水八幡宮の若宮を創建したことが神社の始まり。当初は六條八幡、左女牛八幡(さめがいはちまん)とも呼ばれ、源氏一族や武士からの信仰厚く、室町時代には足利歴代将軍の崇敬も集め、京中では祇園社、北野社に次ぐ規模だったと伝わります。
その後応仁の乱により荒廃。豊臣秀吉の時代には京都改造により社地を転々とし、元和3年(1617年)に後水尾天皇の勅命で社殿が造営され、さらに承応3年(1654年)後光明天皇が現在の本殿を再建され、現在の地へ。
その後応仁の乱により荒廃。豊臣秀吉の時代には京都改造により社地を転々とし、元和3年(1617年)に後水尾天皇の勅命で社殿が造営され、さらに承応3年(1654年)後光明天皇が現在の本殿を再建され、現在の地へ。
社殿は意外と奥に広がり、本殿は三間社流造で京都では珍しい形式の建築に。屋根は当初檜皮葺でしたが、現在は銅板葺。京都市指定有形文化財(建造物)にも指定される建物。
主祭神には仁徳天皇、応神天皇、そして神功皇后を祀ることから美貌や安産の御利益もあるとか。
さらに昭和24年(1949年)陶器の町五条坂の中心にあることから、陶祖神の椎根津彦命が合祀され『陶器神社』として知られるように。
主祭神には仁徳天皇、応神天皇、そして神功皇后を祀ることから美貌や安産の御利益もあるとか。
さらに昭和24年(1949年)陶器の町五条坂の中心にあることから、陶祖神の椎根津彦命が合祀され『陶器神社』として知られるように。
本殿左手の小さな祠にある『蓬莱石』。
信仰の厚かった足利尊氏が7種の神宝を奉納したもののうちの一つとされ、近年約650年振りに本殿の片隅で発見。不思議な御加護のある貴重な宝石だとか。
陶器祭期間中には子ども神輿も登場し、さらに京都参議院・新実彰平議員もお手伝いに来られてたみたいで、未来に繋ぐお祭りとして盛況だった様子。また来年も訪れたいですね。
信仰の厚かった足利尊氏が7種の神宝を奉納したもののうちの一つとされ、近年約650年振りに本殿の片隅で発見。不思議な御加護のある貴重な宝石だとか。
陶器祭期間中には子ども神輿も登場し、さらに京都参議院・新実彰平議員もお手伝いに来られてたみたいで、未来に繋ぐお祭りとして盛況だった様子。また来年も訪れたいですね。
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