2022年5月21日 更新

【京都俳句めぐり】日本を代表する文豪・夏目漱石の最後の恋を詠んだ句碑☆

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は中京区、御池通り鴨川御池大橋西詰にある句碑。日本を代表する文豪・夏目漱石が京都をモチーフにして詠んだ俳句。

俳人・夏目漱石の心象風景をたどる

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中京区、鴨川沿いの御池通。京都の街を碁盤の目に例えていえば、横を走る通り。この日はすでに夏のような日差し。日向と日陰がくっきりと分かれるような、そんな暑さともなう昼下がり。
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そんな御池通りの南側の歩道。街路樹の影でその存在があいまいになっていますが。

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その街路樹の根元に石碑と駒札があります。

こちらは国語の教科書でもお馴染み、明治から大正時代にかけて執筆に励んだ日本を代表する文豪・夏目漱石の俳句が記された句碑。

夏目漱石の代表的著書といえば、『坊ちゃん』『こころ』『吾輩は猫である』など、数々挙げられ、さらにそれらの作品は映画やドラマにもされるほど。まさに国民的作家と言えます。

そんな漱石ですが、小説以外のジャンルとして俳句においても数々の作品を残していた、というのを御存じでしたか?実際私も以前たまたま通りかかって、この句碑を見つけて知ったほど(笑)そして個人的な話ですが、私自身一昨年から俳句を習い始め、俳句の知識を多少持った状態で作品と対峙すると今ならどう読めるかな?と。改めて漱石の俳句を詠みたいな、と思いやってきました。
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夏目漱石は帝国大学(現東京大学)に通学中、今では日本の代表的俳人として知られる正岡子規と学友であったことから子規に感化され、生涯で約2600句の俳句を残しました。子規は、漱石の俳句を意匠が斬新で句法も自在であると、その才能を評価したと伝わります。
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そして、ここに記された句。『春の川を隔てて男女哉』

俳句としての視点でみると、上五が季語『春の川』で字余りになり、中七下五で詠嘆『哉(かな)』。『春』と『男女』という言葉から、恋愛の句であることがわかります。
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夏目漱石は亡くなる前年に京都へ旅行し、その際祇園の茶屋「大友」の女将・磯田多佳と最後の恋に落ちたとされ、この句を多佳に送ったと伝わります。当時泊まっていた木屋町御池の旅館「北大嘉」から、鴨川をへだてた祗園にいる多佳を想って詠んだ句。上五の地余り、句またがりと相まって、鴨川を越えていきたい、なんとも近づけそうで近づけない、そんな男と女のもどかしさが俳句から伝わります。

それを思うと、漱石の小説にも恋愛をテーマにしたものが数々あり、それを世界で最も短い定型詩とされる俳句においても、その切ない情感がうまく表現されていて、漱石の才能の非凡さを見て取れ、他の俳句も読んでみたいな、と思えてきます。

とりわけ、京都には俳句を詠みたくなるような花鳥風月にあふれ、何かしらのインスピレーションが湧きやすい土地柄かもしれませんね。

詳細情報

名称:夏目漱石の句碑
場所:京都市中京区上大阪町
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