2020年6月12日 更新

【京都ぶらり】じつは京都にも第二次大戦空襲があった!西陣・辰巳公園「空爆被災を記録する碑」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は上京区西陣エリア、堀川下長者町西へ。近隣住民憩いの公園にある石碑。第二次大戦空爆被災を記録する碑。

非戦災都市と思われている京都でも空爆が

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上京区西陣エリア。智恵光院下長者町通り角にあるこじんまりとした公園。
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この界隈の住民の方中心に利用されているような。この日も小さなお子さん連れの方が数人いる程度。
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トイレは完備されていましたが遊具はシンプル。規模の小さい公園。これも街中の公共施設ということで敷地面積小さめなのか。
その理由を後で知ることになりますが。

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そんな公園の智恵光院通り沿い。石碑があり、そこには『空爆被災を記録する碑』と書かれています。

 昭和20(1945)年6月26日の昼ごろ、この西陣一帯にアメリカ軍機B29による空襲(西陣空襲)があり、上長者町通・大宮通・下立売通・浄福寺通に囲まれた、約400m四方の地域で300戸ほどの家屋が被災。報道管制のため、その状況は、多くの市民の知るところとならなかったが、西陣警察署の記録によると、

一、死傷者 即死 四十三人、 重傷 十三人、軽傷 五十三人、 計 百九人。         .

二、被害家屋 全壊 七十一戸、半壊 八十四戸、一部損壊 百三十七戸、計二百九十二戸。

三、罹災者 八百五十人。
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そして、この辰巳公園は被災地跡にできたもの。
第二次大戦(大東亜戦争)において京都市は非戦災都市と言われてますが、東山区馬町、太秦の三菱工場とこの西陣界隈が爆撃をうけ、最も被害の大きかったのがここに当たります。

戦後60年にあたる平成17年、空爆被災を記録する碑の建立委員会がこの悲惨な空爆の事実を伝え、後世への記録として建立。

時代は令和になり、戦争の恐ろしさを知る体験者も年々少なくなり、その記憶も風化されつつありますが、この石碑により世代を超えて皆が知るところとなってほしいですね。

空爆被災を記録する碑へのツイート

基本情報

場所:辰巳公園
住所:京都府京都市上京区西辰巳町
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