2022年8月24日 更新

【京都秘境】鴨川源流・都の水源地を守る神社「嚴島神社 (天津石門別稚姫神社)」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は北区雲ケ畑、鴨川水源地にあり、平安時代以前から存在したと伝わる歴史ある神社。

平安時代以前から祀られる産土神☆都の水源地の守り神

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北区雲ケ畑中畑町の山道沿いに杉の巨木に圧倒される神社『嚴島(いつくしま)神社 (天津石門別稚姫神社)』があります。人気のまったく感じない神社ながら、何やら神々しい雰囲気を感じ、立ち寄ってみました。
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神社名『嚴島神社』から、広島の厳島神社や平家とかかわりがあるのかな、と最初思っていましたが、そういうわけではない様子でした。

駒札によると、平安時代中期に編集された『延喜式』には『天津石門別稚姫神社』と記載され、それが当社にあたると考えられていて、創建は平安時代以前と推定され、この雲ケ畑中畑町、中津川町の産土神として信仰されてきました。この辺りは平安京造営の際、用材を調達したエリアでもあり、その頃から存在した歴史の古い集落。
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参道を行くと、見上げるほど立派な杉の巨木が鳥居前に立ちはだかるようにそびえています。かつて、この手前にも樹齢400年を越える御神木の杉の大木があったようで、切り株が残されていました。
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石段を上りつめると、山の斜面に境内があり、祠が建っています。神社自体は神職がいるでもなく無人で、静かな佇まい。
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正面には拝殿、奥に小さな本殿。その本殿背後の山麓には、約5mの二つの巨岩が15m程離れてそびえて立つ石門岩があり、そこから御祭神・天津岩門別稚姫が出現したと伝わり、明治時代以前は知恵と音楽の女神・弁財天として祀られ、雲ヶ畑弁財天社、石戸別弁財天、雲ヶ畑弁財天との別称も。

明治時代初期の廃仏毀釈により、弁財天では廃社の恐れがあるとして、都の水源地の水神として、安芸厳島神社にあやかり現在の嚴島神社に改称。

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さらに同じ時期に、かつて中津川、中畑にあった天御中主神社(天御中主命)、大山祇神社(大山祇神)、稲荷神社(倉稲魂尊)、八幡神社(誉田別命)の四社も明治時代に当社に遷座し、今のような形に。

今回は足場が悪く、天津岩門別稚姫が出現したと伝わる石門岩を見ることが叶いませんでしたが、なんとも森の精霊を感じるような、神秘的な神社でした。

詳細情報

名称:嚴島神社 (天津石門別稚姫神社)
場所:京都市北区雲ケ畑中畑町54
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