2022年1月17日 更新

【京都】朱塗りの神門に似合う雪景色は洛北の絶景!京都屈指のパワースポットの神社2選行ってみた!

【昭和男子の京都時空紀行】 2022年1月14日、昨日から降り続いた雪で京都市内も5年ぶりに8センチ以上の積雪に見舞われましたね。雪景色を求めて訪れたのは鴨川の上流の上賀茂神社と西陣の鎮守の今宮神社です。まるで雪を想定して造られたかのように神社には雪が似合いますね。二社とも平城、平安の古より存在する京都屈指のパワースポットでもあります。

雪で覆われた世界遺産「上賀茂神社」

賀茂一族の氏神が都の守護神となりました。

賀茂一族の氏神が都の守護神となりました。

 かつて、賀茂社と呼ばれたこの社は、平城京よりも古の昔からこの上賀茂の地にあったと伝わり ます。奈良時代後半(天平勝宝の頃)になって、賀茂社の祭りの盛大さ、隆盛に手を焼いた朝廷が、社を分離し上下の賀茂、鴨社になったといいます。それでも江戸期には、山城国一の宮と 言われ2700石の神域を領したほどの大社でした。
朱塗りの大鳥居

朱塗りの大鳥居

 祭神は、賀茂別雷大神(かもわけいかずちのおおかみ)といいます。神代のころとされる逸話では、「現在は下鴨神社に祭られる賀茂建角命(神武天皇を八咫烏になって大和に道案内したと伝わります)の娘の玉依姫が瀬見の小川(鴨川)で遊んでいると、川上から丹塗矢が流れてきま した。姫が持ち帰ったところ懐妊し、賀茂別雷大神が生まれた」のだとか。現代の社の北北西に ある神山に降臨し、天武天皇の頃に社の基礎が造営されたと伝承されます。
上賀茂神社境内ならの小川

上賀茂神社境内ならの小川

 平安の都は四神相応(玄武、白虎、青竜、朱雀)を基軸に、陰陽道によって形創られました。大将軍 神社をはじめ、周囲に結界を張り巡らせたのです。新たな都で延暦寺などとともに、鬼門の守り、皇城鎮護の神とされたのが上賀茂神社でした。 以来、朝廷よりの崇敬があつく、事あるごとに祈願のため、天皇家の行幸も数限りなく行われま した。1994年には世界文化遺産登録されています。賀茂家は以後、陰陽家としての歴史も受け継 いでいくこととなります。

基本情報

名称:上賀茂神社(賀茂別雷神社)
住所:京都市北区上賀茂本山339
電話番号: 075-781-0011
拝観時間:8:30~17:00
HP:https://www.kamigamojinja.jp/

玉の輿神社とも呼ばれる「今宮神社」

雪に覆われた今宮神社の楼門

雪に覆われた今宮神社の楼門

 今宮神社は、平安時代に京都の街を何度も脅かす疫病を鎮魂するため疫神が祀られたのが始まりとされています。応仁の乱以後は、京都の西陣の鎮守社として、現在まで住民たちによって大切に守られてきました。鞍馬寺の鞍馬の火祭、広隆寺の太秦の牛祭とともに京都の三大奇祭の一つに数えられる「やすらい祭」でも有名です。
玉の輿神社とも

玉の輿神社とも

「玉の輿神社」としても知られます。西陣の八百屋とも畳屋とも、織屋の娘ともいわれるお玉さんが大奥へ上がり、家光の側室から後に五代将軍綱吉の生母として朝廷から従一位の官位を贈与されるほど権勢を誇り、今宮神社に寄与したことなどからそう呼ばれます。カラフルなラインナップの「玉の輿守り」も人気です。こちらにはお玉さんの生家が八百屋だったとして京野菜が刺繍されています。
元祖いち和と本家かざりや

元祖いち和と本家かざりや

 参道には元祖と本家を張り合う「あぶり餅」のお店が向かい合っています。平安時代創業の元祖一和さん、江戸時代の寛永年間創業の本家かざりやさん。初代一文字和助から始まる日本でも最古の和菓子屋さんとして知られています。悪疫が流行した時代に一条天皇が紫野の疫神を再興した際に、この炙り餅を献上して疫病が退散したということから、あぶり餅は厄除けの菓子とも言われています。洛北の二社へぜひ一度は訪れてみてください!

基本情報

名称:今宮神社
住所:京都府京都市北区紫野今宮町21
電話番号:075-491-0082
拝観時間:9:00~17:00
HP:http://www.imamiyajinja.org/
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Sinosino Sinosino

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