天下分け目の天王山中腹にある豊臣秀吉ゆかりの“宝寺”
京都府乙訓郡大山崎、天王山中腹にある真言宗寺院『宝積寺』があります。通称“宝寺”と呼ばれ、以前から気になっていたお寺。この日は新緑浴がてらお参りしようとやってきました。
JR山崎駅から北へ徒歩10分ほどでたどり着くお寺ですが、そこそこの傾斜のある道をひたすら登っていくため、けっこうな運動量にもなります(笑)
JR山崎駅から北へ徒歩10分ほどでたどり着くお寺ですが、そこそこの傾斜のある道をひたすら登っていくため、けっこうな運動量にもなります(笑)
宝積寺は、奈良時代の神亀元年(724年)に聖武天皇の勅願によって、僧・行基が開創したと伝えられる古刹。
元号「神亀」にちなんでか、手水舎には亀が。これまでいろいろな神社仏閣で手水舎を見てきましたが、こんなに歯並びを意識する亀像は初めてで興味津々(笑)
元号「神亀」にちなんでか、手水舎には亀が。これまでいろいろな神社仏閣で手水舎を見てきましたが、こんなに歯並びを意識する亀像は初めてで興味津々(笑)
境内。まずは本堂。お堂の中はもちろんすべて撮影禁止。
御本尊には鎌倉時代作、十一面観世音菩薩像が祀られています。お堂へは靴を脱いで上がり、御本尊をそばで拝顔でき、その神々しいお姿に圧倒されます。
御本尊には鎌倉時代作、十一面観世音菩薩像が祀られています。お堂へは靴を脱いで上がり、御本尊をそばで拝顔でき、その神々しいお姿に圧倒されます。
さらに、その隣には大黒天が祀られる小槌宮。
宝積寺が通称“宝寺”と呼ばれる所以には、聖武天皇が夢の中で竜王から授かったとされる「打出の小槌」がこちらの大黒天の神前に祀られていることに由来。「宝(小槌)を積んだお寺=宝積寺(宝寺)」として広く信仰を集めるように。
大黒天は商売繁盛や金運上昇の御利益のある神様として知られ、そんなことからも“宝寺”と呼ばれています。
宝積寺が通称“宝寺”と呼ばれる所以には、聖武天皇が夢の中で竜王から授かったとされる「打出の小槌」がこちらの大黒天の神前に祀られていることに由来。「宝(小槌)を積んだお寺=宝積寺(宝寺)」として広く信仰を集めるように。
大黒天は商売繁盛や金運上昇の御利益のある神様として知られ、そんなことからも“宝寺”と呼ばれています。
こちらでは絵馬の代わりに、このようなカラフルな巾着を奉納。これは大黒天が左肩に持つ宝袋をかたどったもので、願い事をこれに記入する様子。
さらに閻魔堂では、国指定の重要文化財の鎌倉時代作・閻魔大王像と4体の眷属御影が安置。圧巻の迫力、気迫ある形相の像で、かなり見ごたえありました。
御朱印はいくつか種類ありましたが、今回はご本尊の御朱印をいただきました。
さらに境内には、通称「一夜の塔(いちやのとう)」と呼ばれる三重塔が。
天正10年(1582年)、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と豊臣秀吉が激突した『山崎の戦い』。天王山に本陣を構えた秀吉が勝利し、それを記念して秀吉が一夜のうちに建立させたとの伝承が残る三重塔で、お寺のシンボルにもなっています。
現在、大河ドラマ『豊臣兄弟』が放映中ですが、もしかしたら今後のストーリー展開で登場するお寺かもしれませんね。
天正10年(1582年)、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と豊臣秀吉が激突した『山崎の戦い』。天王山に本陣を構えた秀吉が勝利し、それを記念して秀吉が一夜のうちに建立させたとの伝承が残る三重塔で、お寺のシンボルにもなっています。
現在、大河ドラマ『豊臣兄弟』が放映中ですが、もしかしたら今後のストーリー展開で登場するお寺かもしれませんね。
詳細情報
24 件












三杯目 J Soup Brothers
