2020年3月19日 更新

【京都建物めぐり】かすかに痕跡を残す『ラジオ塔』の遺構☆下鴨地域の憩いの場「萩児童公園」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は左京区下鴨の地域住民憩いの場所となる公園。その中にある、かすかに痕跡を残す昭和の遺構『ラジオ塔』。

公園の中心に立地する昭和遺構『ラジオ塔』

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左京区下鴨、コンサートホールや歴彩館の東側の住宅街。その一角にある児童公園。わりと敷地広い公園。
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この日は平日でしたが、数多くのちびっ子たちが公園を走り回り、フル活用中。その周辺には保護者も見守り、なかなかの人口密集具合。

そんな児童公園で、最近注目のあるものが残っている、というウワサを聞き、やってきました。
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公園の一角にはお地蔵さんもあったり。これって、京都あるあるなんでしょうか(笑)
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遊具や運動場の周りを見渡してみると、それが何なのかは不明ながら、古そうな石柱や巨大な石など点在。公園を活用する子供たちや保護者にとっては、特にどうということでもない存在のもの。
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さらに、公園の中央。不思議な建物があります。
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建物背後に回ってみると、こんな壁状に。ところどころ穴が開いたコンクリート製のような建造物。
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さらに横から見ると、こんな状態。雨よけのような屋根が設えてあります。
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その上部、小窓のようなものがあり、その下。かすかに『JOOK』とあります。保存状態こそ悪いですが、これは紛れもなく『ラジオ塔』。以前同じようなラジオ塔を円山公園でも発見しましたが。

かつて、日本の至る所、街頭など人が集まる場所に設置された公衆用放送聴取施設『ラジオ塔』。日本でラジオ放送が開始されたのが大正14年(1925年)で、東京放送局が最初。以降、ラジオを持つ家庭も増え、普及していきつつも、高価なものであったため、国民の需要を背景にこうした公共のラジオ塔を設置。

京都市内にも、いくつか設置され、未だその遺構が見られる公園があり、その一つがこちら。

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プレートがあり、かろうじて認識できる文字として、世話人と寄付者が記され、さらに『紀元二千六百一年建之』とあります。

これは、1940年(昭和15年)に日本の初代天皇・神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝った翌年に建てられたようです。昭和16年ということになりますね。こちらも恐らく、円山公園のラジオ塔と同じく、周辺住民がラジオ体操で活用したり、野球中継を聴いたりして活用していたんでしょうね。

というか、昔そんな行事があったんですね。もしかして、あと20年すると神武天皇即位紀元(皇紀)2700年を祝う行事が催されたりするんでしょうか。
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ラジオ塔の中心部分に鉄の棒が貫き、これがラジオにまつわる部品なのか、建物の支柱なのか、定かではありませんが。

周りで遊ぶ子供たちや保護者たちは、気にも留めず過ごし、おそらくこれがかつてのラジオ塔であるなんて、知る由もない、と思いますが。そんなものが公園にこうして残されている不思議。ちょっと面白い光景です。

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基本情報

名称:萩児童公園
住所:京都市左京区下鴨萩ケ垣内町20

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