2021年2月25日 更新

【京都史跡】登山感覚で訪れたい!京大桂キャンパス裏の幻の山城跡「峰ヶ堂城址」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は西京区桂、京都大学桂キャンパスの裏山にある城跡。かつての巨大寺院跡に建てられたという山城。

本能寺の変・明智光秀ともゆかりある古道沿いにある山城跡

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西京区、国道9号線から山手へ向かう坂を上ると、新興住宅が立ち並ぶ環境のいい場所。そして、山並みに連なる京都大学桂キャンパス。主に理工系学部の関連施設が集中しています。
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そんな場所からさらに山手を登り切った場所に公園があり、遊歩道が設けられ、以前訪れた大枝山古墳群(桂坂古墳の森)にもつながります。
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この東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」と、大阪の「明治の森箕面国定公園」を結ぶ、1都2府8県にまたがる総延長1697.2 km の長距離自然歩道。緑豊かな自然や貴重な歴史的文化財などをめぐるコースになっています。そして、ここ桂にもそのコースの一部があります。

今回たまたま大河ドラマの影響で、京都市内にあるかつての城跡を探す中、このあたりにも山城跡がある、という情報を得てやってきました。どうやらこの途中にあるようです。
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で、山道に突入しようかと思案していると、たまたまウォーキング中の地元の方に出会い、城跡の場所について尋ねると、いつもここを歩いているがそんな話は聞いたことがない、と。そして、ちょうど行先が同じ方向なので、一緒に行ってみたい!と。一期一会の不思議な同行二人(笑)
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自然歩道はとても静かで、緑豊か。まず旺盛に茂る竹林道に。ちょっと穴場感。嵯峨嵐山の竹林以上に独り占め感があります。

同行の方にうかがうと、土日はポツポツと散策する人にも出会うそうですが、平日はほとんど誰も歩いていないコースなんだとか。最終的に松尾大社、嵐山方面につながる道なんだとか。
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途中、分岐するコースがあり、道標に「唐櫃越(からびつごえ)」という矢印があり、そこでここがかの有名な、日本史最大のクーデター・本能寺の変で明智光秀が君主織田信長を攻めた時に使ったコースの一つと言われている道であることを知る。そうか、この道だったのかぁと。

唐櫃越は亀岡市から嵐山に抜ける山岳コースで、かなりの急坂で戦前に体力的消耗を伴うコースでもあり。なので、本能寺の変で通ったというのはちょっと考えづらいのでは?という説もあり。
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で、その唐櫃越方向に向かうと尾根に出て、そこから少し小高い場所へさらに登ります。

今回目指した「峰ヶ堂城址」は丹波から京へ向かう際の要衝の地に建てられた山城。もともとは通称「峰ヶ堂」とよばれる巨大山岳寺院「法華山寺」がこの場所にあり、その大伽藍から『東の清水寺、西の法華山寺』と呼ばれたほど。室町幕府の祈願寺として信仰をあつめ、将軍足利義政をはじめ公家・皇族も参拝したと伝えられています。

その後、寺院は衰退し、十六世紀ごろ細川晴元の家臣・木沢長政が西岡支配の拠点として寺院跡に築いたのが、この山城。
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わりと視界が開け、木々の間から、京都市内も一望できます。

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すると、少し拓けた場所に鉄塔。この辺りにかつて物見櫓があったとか。
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さらにその周辺には城の基礎石様のものが散乱。さらにここにたどり着くまでにも、石像や石仏、人工的に切り出したような石などが目につき、かつての遺構らしきものを多く見かけました。

さらにバブル期のニュータウン建設にともない、城址を含む南尾根部分は消滅し、開発以前からこのあたりのことを知る人以外には、そんな遺構が存在することすら知らない、という状況みたいですね。特に案内板があったりするわけでもなく、史跡指定されていない遺構。城郭マニアにとっては、ちょっとそそるスポットですね。

基本情報

名称:峰ヶ堂城址
場所:京都市西京区御陵峰ケ堂

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