2021年12月2日 更新

【京都ぶらり】堀川通にある忠臣蔵・討ち入りで知られる『赤穂義士四十六士遺髪塔跡』

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は上京区、堀川紫明下がった場所にある、忠臣蔵・討ち入りで知られる赤穂義士にまつわる史跡。

忠臣蔵・赤穂義士ゆかりの史跡

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上京区、堀川通。ちょうど紅葉シーズン。街路樹の銀杏が沿道を黄金色に染めています。
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そんな場所の紫明通を少し下がった場所にあるヒラギノフォントでおなじみの株式会社SCREEN(旧大日本スクリーン)本社前。ちょっとした窪地になっていますが。
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どうやら史跡のようで石碑があり、そこに『瑞光院赤穂義士四十六士遺髪塔跡』とあります。
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この場所にはかつて赤穂浅野家の祈願寺で臨済宗大徳寺派の寺院『瑞光院』がありました。慶長16年(1611年)、浅野長政の没後、山崎家盛が大徳寺琢甫和尚を開基として家盛の没後瑞光院と称したのが寺の起こり。その後、赤穂城主・浅野長矩(内匠頭)が夫人の縁故で壇家に。
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元禄14年(1701年)長矩が江戸城中で吉良上野介に切りかかったことにより切腹し、その供養塔を建立。その翌年、元禄15年(1702)の義士討入後、大石良雄をはじめとする四十六士の遺髪を埋葬した遺髪塔も建立。それが世に知られた歌舞伎の演目のひとつ『忠臣蔵』のベースになっています。

この界隈の地名『瑞光院前町』からも、かつてこの場所に寺があったことが偲ばれるわけですが、昭和37年(1962年)に瑞光院は現在の山科区安朱に移転。
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そして、こちら山科区安朱のちょうど現在紅葉観光客で盛り上がる毘沙門堂参道途中に移転後の瑞光院があります。
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お寺自体は一般公開されていませんが、駒札がその来歴を物語っています。境内奥には長矩のお墓と赤穂義士四十六士の遺髪塔のほか、良雄が生前愛したという梅の古木があります。

また毎年12月14日に執り行われる『山科義士まつり』においては、赤穂義士に扮する地域住民が毘沙門堂から練り歩き、ちょうどお寺の前を通ります。

残念ながら、今年は新型コロナ感染予防により山科義士まつりは中止予定ですが、紅葉観光の傍らにちょっと足をとめてみたい場所ですね。

基本情報

名称:瑞光瑞光院 赤穂義士四十六士遺髪塔
住所:京都市上京区瑞光院前町
名称:瑞光院
住所:京都市山科区安朱堂ノ後町
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