2017年1月24日 更新

京都激動の歴史をたどってぶらり!本能寺の変の名将・明智光秀の塚めぐり!!東山三条~醍醐小栗栖

現在映画「本能寺ホテル」も公開中で、戦国時代の出来事としてよく注目を集める本能寺の変。その中心的人物、明智光秀ゆかりの地を、今回ぶらり巡ってみました。

東山三条の白川沿い

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東山三条、白川沿いを下がるとこんな標石が。東梅宮。
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そして、その同じ場所にあの戦国時代の名将明智光秀の塚が。
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小さな祠です。
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説明書きには、本能寺の変で織田信長を急襲した光秀は、すぐ跡の山崎(天王山)の戦いで羽柴秀吉に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、小栗栖の竹藪で農民に襲われて自刃、最後を遂げたとされる。
家来が光秀の首を落とし、知恩院の近くまできたが、夜が明けたため、この地に首を埋めたと伝えられ、首塚に。
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こちらは、現在この近くにある光秀饅頭で有名な和菓子店・餅寅が管理されているそうです。

首塚だけじゃない!胴塚もある!!

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ちょうど、餅寅の女将さんに首塚以外に胴塚が醍醐小栗栖にあると聞いて。
山間の古い住宅が立ち並ぶ場所。すると、こんな道標。明智藪。これだ!
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こんな細い住宅街の路地を山側に向かって進みます。
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すると、石碑が。明智藪、と書かれています。秀吉軍に敗れたあと、近臣十数人と坂本城を目指してこの辺りに差しかかったところ、信長の近臣小栗栖館の武士集団飯田一党の襲撃で、この地で最期を迎えた光秀。
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さらに進みます。
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すると、明智藪の矢印。
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鬱蒼とした竹藪。なんだかほとんど手付かずの状態で昔からずっと変わらず残っているような竹藪。とてもリアルな、光秀がいるような錯覚すら覚える場所。
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そのすぐ近くにあった日蓮本宗・本経寺。
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本堂
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その境内には光秀の供養塔が。
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なんとも激的な一生を遂げた明智光秀。その道程を感じながらたどる史跡めぐり。明智藪にちょっと生々しさを感じました。

明智光秀の塚 へのツイート

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