2016年7月1日 更新

【心霊シーズン到来!】死者が生き返るという伝説の京都パワースポット橋!!陰陽師でも注目☆「一条戻橋」

陰陽師でもおなじみの安倍晴明ともゆかりの深い名橋。死者を生き返らせることができるという伝説のあるパワースポット。

晴明神社のほど近く

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堀川通り、晴明神社から少し南下。こちらがいろいろな伝説のある一条戻橋。
一見とくに歴史を感じるでもない、フツーの橋にというか(笑)
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「戻橋」という名の由来としてよく伝えられているのが、延喜18年(918年)12月に漢学者三善清行の葬列がこの橋を通った際、父の死を聞いて急ぎ帰ってきた熊野で修行中の子浄蔵が棺にすがって祈ると、清行が雷鳴とともに一時生き返り、父子が抱き合ったという。
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794年の平安京造営のときに、平安京の京域の北を限る通り「一条大路」に堀川を渡る橋として架橋され、橋そのものは何度も作り直されているが、現在も当時と同じ場所。

平安中期以降、堀川右岸から右京にかけては衰退著しく、戻橋を渡ることには特別の意味が生じて、さまざまな伝承や風習が生まれる背景となったそうな。

戦後、川の氾濫を防ぐために整備された堀川

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現在の橋は平成7年に新築されたもの。昔の戻橋の写真と比べてみると、ずいぶんこの界隈も変わったことがうかがえますね。堀川通りもずいぶん道幅広いというか。
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もともと堀川自体がこの川幅程度にしかなかったらしく、戻橋も短い橋だったようで。
水害を防ぐために、戦後京都市がコンクリートで固めて整備。今では遊歩道があったり。
この界隈の住民の働きかけで、昔のようにホタルが生息する川辺を取り戻そうと美化活動を行ったり。

戻橋はまったく変わらない昔と同じ場所から、時代の流れと共に変化する堀川周辺をひっそりと眺めているようで。もはや、こんな近代的な橋から伝説が生まれそうな気配はありませんが、いまだ多くの観光客が訪れるパワースポットと称されるということは、皆新たな伝説を期待しているのかもしれませんね。

ヨ~イヤサ~♪

一条戻橋 への口コミ

一条戻橋 基本情報

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