2019年6月22日 更新

見どころ満載!京都【方広寺】は梵鐘・天井画・大仏様・遺物と豊臣秀吉の生きた証がたくさん。

豊臣秀吉が祀られていることで有名な京都の豊国神社。その隣にある方広寺は小さい境内の中に見どころがたくさん詰まったお寺です。筆ペン画家の最先端星人がご紹介します。

豊国神社の隣にある【方広寺】

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豊臣秀吉公が祀られている京都の豊国神社。
その北側隣に、豊臣秀吉が作った大仏を安置していた方広寺があります。
※上画像は豊国神社
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方広寺は1586年に、豊臣秀吉が誓願を起こした大仏を安置する寺として創建。
大仏様を安置する寺のため、当時は「大仏殿」と呼ばれていました。
大仏様の全長は約19mもあり、奈良の大仏様よりも大きかったと言われています。
その大きな大仏様は、弥次さんと喜多さんでお馴染みの「東海道中膝栗毛」の中でも出てきます。

大仏殿はその後、大地震や焼失など度重なる不運に見舞われ、現在では10分の1の大きさの毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)が安置されています。
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方広寺の境内で一際目立つ鐘楼。
その中で存在感を放つ梵鐘は、日本三大名鐘の一つと言われており重要文化財。
高さ4.2m、外形2.8m、重さ82.7トンととても大きい。
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この方広寺の梵鐘は大坂の陣、そして豊臣家没落へのキッカケとなった「鐘銘事件」で有名です。
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豊臣秀吉が亡くなり、息子の豊臣秀頼の時代の1614年(慶長19年)に完成した梵鐘に、徳川家康がいちゃもんをつけてきました。
梵鐘に刻まれた銘文の中で、白く囲われた箇所があります。
『国家安康〗〖君臣豊楽〗と刻まれていますが、これが徳川家康の家と康を分断して、豊臣を君主とし、家康そして徳川家を冒瀆する意味が込めらていると言い、それがキッカケとなり大坂の陣、そして豊臣家滅亡へとなりました。
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時代が大きく動いたキッカケとなった梵鐘。
ぜひその目で確かめてみてはいかがでしょうか?
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方広寺には、いわくつきの梵鐘だけでなく、鐘楼の天井には見事な天井画があります。
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【迦陵嚬伽(かりょうびんが)】が描かれた天井画。
迦陵嚬伽とは下半身が鳥、上半身が人間の、仏教では極楽浄土に住むとされている想像上の生物です。
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美しく天を舞う迦陵嚬伽。
見応えあります。
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首が痛くなるほど、見入ってしまう天井画です。
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鐘楼には方広寺大仏殿、大仏の一部である遺物が9点残されています。
大仏殿に吊るされていた銅製の風鐸(ふうたく)、柱の金輪、大仏の銅製蓮肉片や蓮弁、鉄製光背金具などが置かれています。
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在りし日の大仏殿の姿を伝える、貴重な遺物です。
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方広寺は梵鐘が有名なので、梵鐘だけを見て帰られる方が多いですが、ぜひ本殿の毘盧舎那仏も忘れずに。
穏やかなお顔をされた神々しい黄金の大仏様が安置されています。

方広寺はこじんまりとした小さな寺院ですが、見どころ満載のオススメスポットですよ。

方広寺 基本情報

住所/京都市東山区正面通大和大路東入茶屋町527−2

アクセス/京阪「七条」駅下車徒歩7分
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