2020年5月14日 更新

【京都ぶらり】豊臣秀吉や徳川家康時代のキリシタン信仰の地☆酒蔵エリアに佇む史跡「伏見教会址」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は伏見区、酒蔵が立ち並ぶエリアにある史跡。かつて秀吉や家康時代にあったイエズス会教会址。

酒処・伏見にあるかつてのキリシタン信仰の地

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伏見区、中書島にもほど近い場所。白壁土蔵の酒蔵が立ち並び、京の酒処・伏見ならではな風情漂うエリア。中でも、寛永14(1637)年創業の大手酒造メーカー『月桂冠』。こちらは旧本社建物。いかにも歴史を感じる建物。老舗の風情がそのまま感じられます。
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そこからさらに南へ。伏見の酒造りの歴史と文化にまつわる展示や銘酒の試飲もできる『月桂冠大倉記念館』があります。
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現在は、新型コロナウイルス感染予防のため、臨時閉館されていますが。
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その月桂冠大倉記念館前。来館者用の駐車場があります。
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その駐車場の北東。小さい駒札が見えます。
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駒札には「高山右近ゆかりイエズス会“伏見教会”への小道」の由緒、と書かれています。

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駒札からさらに東へ。細いブロック塀に囲まれた小道があり、さらに先へ。
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ちょっと不思議な印象も受ける場所。どんつきになっています。そして、また駒札が。
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豊臣秀吉時代から徳川家康時代にかけての伏見の城下町を描いた『豊公伏見城ノ図』には、キリシタン大名だった高山右近の武家屋敷が描かれ、その屋敷に通じる小道の由緒を知らせるものとして設置。

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当時、武家屋敷はイエズス会の「伏見教会」(1604~1614年)として機能していたことが記され、教会は為政者や住民を刺激しないよう、町屋で囲まれた場所に位置し、外観は町家風に偽装されたと伝えられています。

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武家屋敷は現在の月桂冠敷地やお寺に隣接し、京都市立伏見南浜小学校と同幼稚園の敷地にあったことが、『豊公伏見城ノ図』からわかります。

16世紀末~17世紀初頭、ここ伏見は豊臣秀吉や徳川家康といった天下人たちの本拠地。政治・経済の中心地、発信地でもあり、キリシタン信仰も広まりました。そして、時代の移り変わりとともに、キリシタン迫害や殉教が全国を先取りして見られた場所でもあります。伏見の町並みは城下町時代の町割りや水路などがそのまま今でも残り、歴史散策するには興味深い場所でもあり。

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基本情報

住所:京都市伏見区本材木町676

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