2021年1月31日 更新

【京都史跡】NHK大河ドラマ『麒麟がくる』明智光秀とゆかりある幻の城「四手井城跡」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は山科区の住宅街にある城跡。現在放映中の大河ドラマの主人公・明智光秀ともゆかりがあるとされる幻の城。

戦国武将・明智光秀ともゆかりある山科の城跡

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山科区、京都薬科大学グランドの南あたり。特に観光で訪れるようなスポットもない、細い通りの住宅街。

じつは、このあたりに現在放映中のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』に登場する戦国武将・明智光秀にゆかりのある場所があるということでやってきました。
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周辺は閑静な場所で、無人の野菜自販機があったり、ところどころ畑があったり。

こんな場所で、一体明智光秀とどう関係が?と疑問を持つわけですが。
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さらにこんな児童公園も。

じつはこのあたりにかつて城が存在し、戦国時代の公家、山科言継の日記『言継卿記(ときつぐきょうき)』にそのことが書かれています。

それによれば、築城年などは不明ながら、永禄年間この地の土豪だった四手井の居城のあった場所。1558年の三好長慶と足利義輝の争いでは義輝方に攻められ、周辺を放火されたとの記録あり。

その後は足利義昭・織田信長に仕えますが、山崎の戦いで明智方につき没落。その時期に廃城したと伝わります。特に案内板があったり石碑があったりするわけではありませんが。
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この界隈には、子孫の方らしきお宅がいくつかあり、このあたりの町名『矢倉町』は、かつて城の矢倉があったと伝わっています。

明智光秀は、山崎の戦い後近臣十余名と共に坂本城を目指し、落ち延びる途中ここから南にある小栗栖にて襲撃され致命傷を負い、自害したと伝わっています。もし、このあたりまで落ち延びていたら坂本城までたどり着き、歴史は変わっていたかもしれません。そんなことを想像させる城跡でもあり。

基本情報

名称:四手井城跡
場所:京都市山科区厨子奥矢倉町11−34
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