目次
豊臣秀吉を祀る神社☆「豊国神社」
秀吉が築いた京都を取り囲む巨大土塁「御土居」
京都の都市改造の一環として外敵の来襲への備えと、鴨川氾濫を防ぐための堤防として、天正19年(1591)、秀吉が多くの経費と労力を費やして築いた土塁(土手)。現在市内にその名残を残すスポットが点在し、NHK番組『ブラタモリ』で紹介されて以来、土地の高低差を感じながら御土居めぐりするのが人気。
秀吉築造の日本一の大きさ誇る大仏☆「大仏殿跡緑地公園」
京都国立博物館裏手にある、かつて日本一の大きさを誇る大仏があった大仏殿址。天正14年豊臣秀吉により築造され、大仏殿の石垣が今も残る。昭和48年の火災で焼失したが、その跡地に緑地公園があり、当時の面影を残す。
名称:大仏殿跡緑地公園
住所:京都府京都市東山区茶屋町531
名称:大仏殿跡緑地公園
住所:京都府京都市東山区茶屋町531
天下人らしい天空にある秀吉のお墓☆「豊国廟(とよくにびょう)」
東山七条、阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)山頂にある、豊臣秀吉のお墓。慶長3年(1598)8月18日、京都の伏見城で亡くなった秀吉の遺体を埋葬した場所で、明治30年(1897)、秀吉300年忌に際し、秀吉の墓を改葬のために発掘するとミイラ化した遺体があったという。標高196メートル石段500段余の天空に位置し、天下人らしい墓所でもあり。
名称:豊国廟 豊臣秀吉墓所
住所:京都市東山区今熊野阿弥陀ケ峯町
名称:豊国廟 豊臣秀吉墓所
住所:京都市東山区今熊野阿弥陀ケ峯町
秀吉の遺構・聚楽第址の幻の名水「梅雨(つゆ)の井」
西陣エリア、大宮中立売のかつて秀吉の天下統一により政庁として創建された聚楽第。その敷地内にあった、千利休も茶の湯に使ったとされる井戸跡。梅雨時分になるとこの井戸の水があふれ出し、あたりを水浸しにしたというところからその名が由来し、近くにある出水通の名もこの井戸にちなむものだとか。
名称:聚楽第址
場所:京都府京都市上京区菱屋町(大宮通)
名称:聚楽第址
場所:京都府京都市上京区菱屋町(大宮通)
いかがでしたか?これ以外にも秀吉の足跡をたどるスポットが市内に数多くありますが、今回ご紹介したのはほんの一部。百姓から天下人にまで登りつめ、今なお時代劇や史跡でなじみ深い戦国武将・豊臣秀吉。こんな括りで京都観光するのも面白いですね!
名称:豊国神社
住所:京都府京都市東山区大和大路通り正面茶屋町530
電話番号:075-561-3802
関連サイト:http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=1000182