飲んだらワッテチャイ!
ここ日本ではさすがにその辺に捨てるわけに行きませんので(笑)
店頭に専用の大きな鍋が置いてあります。
手で握りつぶせるほどの強度なんですが、叩きつけて割るには結構勢いが必要です。
なにせ、「割りなさい!」と言われてもそういう習慣無いと抵抗あるんですよね。
ちなみに割るのが上手いのは、圧倒的に女性の方らしいです(笑)
店頭に専用の大きな鍋が置いてあります。
手で握りつぶせるほどの強度なんですが、叩きつけて割るには結構勢いが必要です。
なにせ、「割りなさい!」と言われてもそういう習慣無いと抵抗あるんですよね。
ちなみに割るのが上手いのは、圧倒的に女性の方らしいです(笑)
それにしても、この一度きり使うだけの器ですが、なんとも味わいのあるフォルムですね。
聞けば、成型のみですがお知り合いの陶芸家の方に頼んでいるそうです。
それを月一回、ご夫婦で三重の山奥まで行って夜通し素焼きの作業するんだそう。
何か取り憑かれているかの様なご苦労ですが(笑)
それはもちろん、インドの”つくる役割のひと”の人生と同様、この素焼きの器そのものがお店の存在意義でもあるわけですから。
聞けば、成型のみですがお知り合いの陶芸家の方に頼んでいるそうです。
それを月一回、ご夫婦で三重の山奥まで行って夜通し素焼きの作業するんだそう。
何か取り憑かれているかの様なご苦労ですが(笑)
それはもちろん、インドの”つくる役割のひと”の人生と同様、この素焼きの器そのものがお店の存在意義でもあるわけですから。
チャイは日本のお洒落カフェのやつと違って砂糖たっぷりの甘々のやつ。
誰でも飲みやすいインド式。
誰でも飲みやすいインド式。
素焼きの器は捨てずに持って帰るのも可。(繰り返し使える強度はありません)
写真はリユース用の器。こちらはちゃんと釉薬かけられ本焼きされています。
「これ売ってくれ!」という要望あるんだそうですが今のところその予定は無いそうです。
写真はリユース用の器。こちらはちゃんと釉薬かけられ本焼きされています。
「これ売ってくれ!」という要望あるんだそうですが今のところその予定は無いそうです。
大阪屋マーケットのちょうど入り口部分です。
この「大阪屋マーケット」、昭和ムードをうまく残しつつ、新しい感覚のテナントがどんどん入ってきています。
宇治橋通り商店街に面して好立地。
今後の注目スポットですね。
宇治橋通り商店街に面して好立地。
今後の注目スポットですね。
京北町のイベント出店の様子。
とりあえず一杯。そして割る!
というのが癖になります(笑)
とりあえず一杯。そして割る!
というのが癖になります(笑)
今までイベントのみの出店でしたが、待望の実店舗出来てファンは嬉しいですね。
「宇治までよう行かん」という人はアフターコロナのイベントを待とう。
今年の左京ワンダーマーケット、まだ未定ですが秋の開催実現してしいですね。
「宇治までよう行かん」という人はアフターコロナのイベントを待とう。
今年の左京ワンダーマーケット、まだ未定ですが秋の開催実現してしいですね。
Watte Chai(ワッテチャイ) 口コミ情報
Watte Chai(ワッテチャイ) 基本情報
■店舗名 Watte Chai(ワッテチャイ)
■住所 京都府宇治市宇治妙楽41 大阪屋マーケット内
■営業時間 10:00〜15:00
■定休日 日・月・火・水曜日
■駐車場 なし
■詳細ページ https://www.facebook.com/wattechai2013
https://www.instagram.com/wattechai_kyoto/
※ 2020年5月8日オープン時の情報です
ご訪問の折にはホームページ等の最新情報をご確認下さい。
■住所 京都府宇治市宇治妙楽41 大阪屋マーケット内
■営業時間 10:00〜15:00
■定休日 日・月・火・水曜日
■駐車場 なし
■詳細ページ https://www.facebook.com/wattechai2013
https://www.instagram.com/wattechai_kyoto/
※ 2020年5月8日オープン時の情報です
ご訪問の折にはホームページ等の最新情報をご確認下さい。
ご夫婦で営業されている「Watte Chai(ワッテチャイ)」。
その名の通り、素焼きの器でそのままいただいて飲み終えたらその場で割って捨てる!(笑)
まだカースト制度の概念が残るインドでは、人の使った器は不浄なものとされ、飲み終えたらさっさと路上に投げ落として割って捨てるのが当たり前なんだそうです。
素焼きとはいえ、一杯飲むためだけの器がもったいなく思えますが、インドではちゃんとこういう器を作る役割の方がいらっしゃるそうです。
捨てられた瓦礫は土に還り、またどんどん造られていく。
機械化による使い捨ての紙コップという発想ではなく、”つくる役割のひと”の存在意義が保たれている訳ですね。
うん、インドのイメージです。