【京都ツウ】大河ドラマ『豊臣兄弟』で注目の散策スポット!山崎の戦い~本能寺跡【厳選5ヶ所】

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は、現在放映中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』で注目の散策スポットを集めました。天下分け目の合戦・山崎の戦い拠点から歴史上謎多きクーデター・本能寺の変ゆかりまで。

目次

天下分け目の合戦のまさにスタート地点「大山崎の東黒門跡」

京都府乙訓郡大山崎。江戸時代後期まで存在した、大山崎集落の東西に設けられた東黒門・西黒門のうちの東黒門跡。 本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と、秀吉軍・高山右近らがこの東黒門を陣取り、小競り合いから天下分け目の合戦「山崎の戦い」が始まったと伝わる場所。

名称:大山崎の東黒門跡
場所:京都府乙訓郡大山崎町大山崎 西国街道
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秀吉が一夜で三重塔建立の通称“宝寺”「宝積寺」

京都府乙訓郡大山崎町にある通称“宝寺”と呼ばれるお寺『宝積寺』。山崎の戦いで豊臣秀吉が本陣を構えた場所と伝わり、境内には勝利した秀吉がそれを祝して一夜のうちに建立させたとの伝承が残る三重塔があり、お寺のシンボルにもなっています。

名称:宝積寺
場所: 京都府乙訓郡大山崎町銭原1番地
電話:075ー956ー0047
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天下人・豊臣秀吉を祀る神社「豊国神社」

東山区、東山七条にあり豊臣秀吉を祀る神社『豊国神社』。元々はここから東方の阿弥陀ヶ峰山頂に死後秀吉は埋葬され、そこに社がありましたが長年朽ち果てた状態で、明治13年に現在地に移転。この周辺には秀吉ゆかりの場所が多く、秀吉が朝鮮出兵の際に、討ち取った敵軍の耳や鼻を削ぎ塩漬けにし、戦功の証として持ち帰って葬ったとされる『耳塚(鼻塚)』も。

名称:豊国神社
場所:京都市東山区大和大路通り正面茶屋町530
電話:075-561-3802
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天下人・豊臣秀吉らしい天空のお墓「豊国廟(とよくにびょう)」

東山区、阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)山頂にある天下人・豊臣秀吉のお墓『豊国廟』。人気のないひっそりとした場所にあり、標高196メートル、石段500段余を登ってたどり着く、体力に自信ありな方向け。山頂、木立の隙間から市内も一望でき、天下人・豊臣秀吉らしい天空から京の町を見下ろせる立地。

名称:豊国廟
場所:京都市東山区今熊野北日吉町61
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現在は消防施設が立地の『本能寺の変』拠点「本能寺跡」

中京区、油小路高辻と五条坊門の間にある本能寺町にある史跡『本能寺跡』。現在は寺町御池にある本能寺ですが、歴史上謎多きクーデターと言われる「本能寺の変」で、織田信長が宿泊し明智光秀が攻め入り焼き討った旧本能寺場所はここ。現在は皮肉にも中京区の消防施設が設置。

名称:本能寺跡
場所:京都市中京区油小路通蛸薬師下る山田町513
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最後に

いかがでしたか?大河ドラマ『豊臣兄弟』の展開も今後架橋を迎え、ドラマの進行とともに実際訪れてみたい場所ばかり。しかも秋めく気候で快適に散策できるのも良し。ご参考に。