例外パターンを示す謎の交差点
立地的にはこんな場所。
普段は地下鉄、しかも電車の乗り継ぎ場所として利用することが大半。なので、この周辺を散策する機会もあまりないといいますか。
普段は地下鉄、しかも電車の乗り継ぎ場所として利用することが大半。なので、この周辺を散策する機会もあまりないといいますか。
地上には京福嵐山線、嵐電天神川駅があります。昔の路面チンチン電車風情が残り、道路の中央に駅があります。
そんな場所で、現在地確認。
ずっと三条通を歩いているので、そこが三条通である、とわかる標識。
ずっと三条通を歩いているので、そこが三条通である、とわかる標識。
さらにそれに合流する御池通の標識。
ちょうど矢印が東片側のみになっているため、御池通はここが終点であることがわかります。
ちょうど矢印が東片側のみになっているため、御池通はここが終点であることがわかります。
そんな場所の交差点をふと見上げると標識『三条御池』とあります。
・・・
ハァ?となるわけです(笑)ここで私と同じようにハァ?となる方は、地元民あるいは京都マニア。
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ハァ?となるわけです(笑)ここで私と同じようにハァ?となる方は、地元民あるいは京都マニア。
京都は平安京の頃から、南北の大路(坊)と東西の大路(条)で碁盤の目状に都市整備され、左右対称になっていますが、その様な都市のことを『条坊都市』と呼び、中国・朝鮮半島の古い都市でも見られ、儒教思想がその背景にあります。風水もその一つ。
そんな昔からの都市整備が現在の町並みにも残り、南北、東西それぞれの通り名のわらべ歌もあるほど。『まるたけえびすにおしおいけ~♪』の東西に走る通り名の歌はよく知られています。
そんな昔からの都市整備が現在の町並みにも残り、南北、東西それぞれの通り名のわらべ歌もあるほど。『まるたけえびすにおしおいけ~♪』の東西に走る通り名の歌はよく知られています。
住所を表す時も東西と南北の通り名のクロスする地点で、その場所を示すわけですが、こちらは三条通と御池通。どちらも東西に走る通り。なのに、なぜ例外ルール?と。
じつは、この交差点は今から10年ほど前に誕生した呼び名。
わらべ歌に出てくるような通りの多くは、平安京の中心『洛中』の通り名として歌がつくられたわけですが、『洛外』においても通りはさらに続き、洛中では東西、南北まっすぐに伸びていた通りも、洛外では必ずしもまっすぐではなくカーブを描いていることも。
じつは、この交差点は今から10年ほど前に誕生した呼び名。
わらべ歌に出てくるような通りの多くは、平安京の中心『洛中』の通り名として歌がつくられたわけですが、『洛外』においても通りはさらに続き、洛中では東西、南北まっすぐに伸びていた通りも、洛外では必ずしもまっすぐではなくカーブを描いていることも。
その一例がこの三条通。地図でもわかる通り、途中まで御池通と三条通は平行になっていますが、三条通は葛野大路あたりから緩やかにカーブを描き、御池通を吸収し、そこから西北にある嵐山までつながります。そして、御池通も元はこんなに長い通りではなく、地下鉄ができ、周辺の再開発が進む過程で延長されていったことにより、最終的に三条通と合流するようになった、というわけ。
そもそも、交差点名をつける際、明確なルールはないそうで、通常自治会や消防署、警察署で定着している地域の呼び名をつけるケースが一般的なんだとか。しかしながら、この三条御池の場合は名前を決める協議が行われた記録は残っていない、ちょっと謎多き地名でもあります。
つい見過ごしがちな標識ですが、この三条御池のような例しかり、他自由度ある通称だったり、偶然見つけて驚いたりするものも意外とあります。そんな視点で町歩きするのも面白いかもしれませんね。
そもそも、交差点名をつける際、明確なルールはないそうで、通常自治会や消防署、警察署で定着している地域の呼び名をつけるケースが一般的なんだとか。しかしながら、この三条御池の場合は名前を決める協議が行われた記録は残っていない、ちょっと謎多き地名でもあります。
つい見過ごしがちな標識ですが、この三条御池のような例しかり、他自由度ある通称だったり、偶然見つけて驚いたりするものも意外とあります。そんな視点で町歩きするのも面白いかもしれませんね。
基本情報
名称:三条御池
場所:京都市右京区太秦下刑部町
場所:京都市右京区太秦下刑部町
この日、ずっと三条通りを散策し、ここまでたどり着きました。地下鉄駅太秦天神川駅の地上。