松尾大社南側にある独立した神域を持つ摂社
西京区、酒造りの神様でお馴染みの松尾大社から山沿いの住宅街を南へ。とても静かな場所で、時折ご近所の方が散歩がてら通る場所。さらに南へ行くと、鈴虫寺もある場所。
松尾大社の境外摂社「月読神社」。独立した神域を持ち、境内には舞殿、本殿、社務所もあります。
かつて、平安時代中期の延喜式(えんぎしき)では、名神祭の対象となる神々を祀る神社「名神大社」に数えられるほど。松尾大社の摂社になったのは明治時代以降とのことで、古い歴史を持つ。
かつて、平安時代中期の延喜式(えんぎしき)では、名神祭の対象となる神々を祀る神社「名神大社」に数えられるほど。松尾大社の摂社になったのは明治時代以降とのことで、古い歴史を持つ。
松尾山を背景に、斜面に立地し、石段を上るとかなり立派な門構え。
とても静かな境内で、まだこの時セミも鳴いてました。
御祭神は月読尊。天照大神の弟神であり、素戔嗚尊の兄神にあたります。天照大神が太陽神であるのに対して、月読尊は月神。
御祭神は月読尊。天照大神の弟神であり、素戔嗚尊の兄神にあたります。天照大神が太陽神であるのに対して、月読尊は月神。
サルスベリの花の色が朝陽を浴びて鮮やか。
本殿。
本社が壱岐島にあったことから月読命は海の神とも言われ、なぜ京都に分霊されたのかについても謎多き神社。一説には顕宗天皇3年(487年)の命により派遣された阿閉臣事代(あべのおみことしろ)に月読尊が憑依し、ここに創建したとか。他、松尾大社と同様に渡来系氏族の秦氏が大きく関わっているとか、諸説あり。
本社が壱岐島にあったことから月読命は海の神とも言われ、なぜ京都に分霊されたのかについても謎多き神社。一説には顕宗天皇3年(487年)の命により派遣された阿閉臣事代(あべのおみことしろ)に月読尊が憑依し、ここに創建したとか。他、松尾大社と同様に渡来系氏族の秦氏が大きく関わっているとか、諸説あり。
本殿南側には、穢れを除くと言われる「解穢(かいわい)の水」。飲用はできません。
松尾大社の末社にもあたり、松尾大社神幸祭では安全祈願祭が行われる「御船社」。
月読尊を崇敬した聖徳太子の霊を祀った「聖徳太子社」。
神功皇后が応神天皇を産む際にこの石で腹を撫でて安産したことから、安産信仰発祥の石となった「月延石」も。以降安産祈願の神様として知られています。
社務所では安産祈願の奉納石と御朱印も授与されています。
松尾大社と鈴虫寺に挟まれつつ、ひっそりとしたロケーションの神社。中秋の名月も間もなくなので、参拝してみました。