2025年開業予定『帝国ホテル』建設の着工前に
そんな歌舞練場敷地内にある、こちら『弥栄(やさか)会館』。今回はこちらの建物探訪を目的にやってきました。
昭和11年(1936)に建てられた鉄骨鉄筋コンクリート造地上5階地下1階建、瓦葺の建物。
その威風堂々とした佇まいが印象的な歴史的建造物。国の指定する登録有形文化財にもなっています。
その威風堂々とした佇まいが印象的な歴史的建造物。国の指定する登録有形文化財にもなっています。
各階に銅板瓦葺屋根を設え、正面中央部は城郭の天守のようにも見える立体。和風感もあります。
随所に光る細かな意匠には、当時の洋風モダンさに加え、瓦屋根には祇園甲部の紋章、8つの町内から構成されていることをあらわすつなぎ団子。その中に『歌』と描かれています。歌舞練場ということでしょうかね。和と洋が巧みに融合した建物。
日本の著名な劇場建築を主に手掛けた木村得三郎氏による設計。他、代表作には大阪松竹座、東京劇場など。
随所に光る細かな意匠には、当時の洋風モダンさに加え、瓦屋根には祇園甲部の紋章、8つの町内から構成されていることをあらわすつなぎ団子。その中に『歌』と描かれています。歌舞練場ということでしょうかね。和と洋が巧みに融合した建物。
日本の著名な劇場建築を主に手掛けた木村得三郎氏による設計。他、代表作には大阪松竹座、東京劇場など。
こちら館内。
無料の展示スペースがあり、どなたでも見学自由。芸舞妓にまつわる展示物が各種。
『ギオンコーナー』では1日2回、芸舞妓の舞を料金3000円で上演。この時も時折、芸舞妓さんがここを行き来されてましたが。
無料の展示スペースがあり、どなたでも見学自由。芸舞妓にまつわる展示物が各種。
『ギオンコーナー』では1日2回、芸舞妓の舞を料金3000円で上演。この時も時折、芸舞妓さんがここを行き来されてましたが。
内装も、和の材質を使いつつ、洋風にアレンジされた、当時の時代感も見て取れます。
最近の英語教育では、こんな筆記体を教えない流れになっていたりするので、今となってはこれもちょっと貴重かもしれません(笑)
最近の英語教育では、こんな筆記体を教えない流れになっていたりするので、今となってはこれもちょっと貴重かもしれません(笑)
そして、建物の前にはこんな石碑。
明治5年(1872)の第一回京都博覧会にて、初めて開催された『都をどり』。当時、祇園新地橋東入南側の松の屋がその会場でしたが、翌年には常設会場が建設され、さらに大正2年(1913)に四条花見小路下る西側の成住院跡に新築移転。さらに大正4年(1915)の大正天皇即位大礼を記念し、ここで開催されたことを記念し建てられたもの。
現歌舞練場は昭和10(1935)年にさらに東側の現在地に移転。
明治5年(1872)の第一回京都博覧会にて、初めて開催された『都をどり』。当時、祇園新地橋東入南側の松の屋がその会場でしたが、翌年には常設会場が建設され、さらに大正2年(1913)に四条花見小路下る西側の成住院跡に新築移転。さらに大正4年(1915)の大正天皇即位大礼を記念し、ここで開催されたことを記念し建てられたもの。
現歌舞練場は昭和10(1935)年にさらに東側の現在地に移転。
そして、その弥栄会館北側。こちらは祇園の舞芸妓たちが礼儀や作法、芸事を習うための学校『八坂女紅場学園』の入り口にもなっています。若干工事用のフェンスが張られていますが。
この場所に、2025年開業予定の高級ホテル『帝国ホテル』が今年6月から着工予定。なので、この景観も見納めということになるんでしょうかね。
花街の伝統を守りつつ、時代とともにそのあり方を変容しつつ次世代につないでいく。そんな様子を今ここに感じ取れたりするスポットかもしれませんね。
この場所に、2025年開業予定の高級ホテル『帝国ホテル』が今年6月から着工予定。なので、この景観も見納めということになるんでしょうかね。
花街の伝統を守りつつ、時代とともにそのあり方を変容しつつ次世代につないでいく。そんな様子を今ここに感じ取れたりするスポットかもしれませんね。
例年であればこの時期、京都春の風物詩である『都をどり』が開催されますが、今年も昨年に引き続き、新型コロナウイルス感染予防のため、公演中止。