2019年6月18日 更新

【京都お墓めぐり】日本史上最も有名な戦国武将・豊臣秀吉!天下人らしい天空のお墓☆「豊国廟(とよくにびょう)」

汁物大好きな三杯目 J Soup Brothersです!FU~FU~☆彡今回は東山区にある阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)山頂にある、日本史上最も有名で人気の戦国武将・豊臣秀吉のお墓をお参りに。

500段余の石段の先にある天下人・豊臣秀吉のお墓

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東山七条界隈。そこから東山連峰に向かうなだらかに続く坂道・女坂を上る。
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途中、京都女子大学を横目にさらに上る。京都女子大生御用達の通学バス『プリンセスラインバス』が行ったり来たり。通学バスといっても、一般の方も利用できる、京都駅と京都女子大をつなぐルート。

よく友人と、なんで『プリンセスライン』なんて名称がついてるんやろ?と。
俗っぽい考えですが、昔から京都大学のサークルに京女(京都女子大の略称)の学生率高めで、そこで知り合った男女が後に結婚するパターン定番なんですが、将来出世コース間違いナシの相手と結婚できる、言わばプリンセスコース。そんな学生たちが乗るバスだからプリンセスラインと名付けられたのか、揶揄するんですが(笑)ま、京都あるあるということで。
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さらに上ると広い駐車場があり、その先が石畳の参道に。
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ここから続く阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)の山頂に豊臣秀吉のお墓・豊国廟があります。

じつは一度グーグルマップのガイドを頼りに参拝を試みましたが、五条通りから山中の獣道を案内され断念。なので、グーグルマップはアテにしないでください(笑)
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さらに奥に進むと長い石段があり、鉄柵が。
これを上るのか、とめまいがしそうなほどの段数ですが(笑)
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ここから先へは往復20~40分かかります。そして、ここで登拝料100円を納めます。

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で中腹辺りで平地になり到着か!と思いきや、ここからまたさらに石段を上っていきます。

じつは元々のお墓、秀吉の遺骨はこの中腹辺りにあったそうです。
慶長3年(1598)8月18日、京都の伏見城で亡くなった秀吉の遺体はここに埋葬。周囲には知られないよう密葬で。

その後、慶長20年(1615)「大坂の陣」で豊臣家が滅亡し、徳川の時代へと移り変わり、家康により社殿は取り壊され、長年風雨にさらされた状態に。
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さらに石段が続き、標高196メートルまで上っていきます。石段は全部で500段余あるそうです。なので、体力に自信のない方や年配の方にはちょっとキツイかもしれません。
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そうして、太もも筋肉痛でパンパンになりながら到着。こちらの巨大な五輪石塔が天下人・豊臣秀吉のお墓。
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明治30年(1897)、秀吉の300年忌に際し、現在の国立博物館横に豊国神社を再建。さらに山の中腹にあった秀吉の墓を改葬のために発掘。するとミイラ化した秀吉の遺体があったという。そして、この山頂に遺体を改葬。

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山頂、木立の隙間から市内を一望。
人里はなれ、むしろ人をも寄せ付けないような場所にお墓があるようにも思えますが、天下人だった豊臣秀吉らしく天空から京の町を見下ろせる場所に立地するお墓。
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上るのも大変でしたが、参拝後下りるのも要注意。ヒザ笑いながら階段落ちしないように(笑)
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豊国神社と同じく、こちらでもお守りやお札を授与されています。

日本はおろか世界的にも知られる日本を代表する戦国武将のお墓は、意外とあまり知られてなくひっそりとしてることに、ちょっと驚きすらあり。

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